都心の高層ビルから見下ろすと、紅河はハノイを包み込む沈泥の絹の帯のように見える。川沿いには、何世代にもわたって形成されてきた住宅地が広がり、古い家屋、小さな集落、そして様々な境遇の人々が共存している。しかし、「紅河景観大通りおよび都市区画開発プロジェクト」により、その空間は大きな変貌を遂げようとしている。数十億ドル規模の投資額は、野心的な近代化のビジョンを想起させる一方で、次のような疑問も投げかける。誰が恩恵を受け、誰が適応を迫られ、そして既存のコミュニティは今後どこへ向かうのか?

壮大な都市計画図では、広々とした道路や新しい都市の景観がしばしば際立った焦点となる。しかし、影響を受ける住民の生計や権利、そして声には、相応の位置づけが与えられているのだろうか? 巨大プロジェクトには、魅力的な紹介文や華やかなパース図だけでは不十分だ。多角的な情報、独立した批判、そして一般市民が機会と起こりうる代償の両方を理解できるだけの透明性も必要だ。
こうした時こそ、調査報道の役割が注目される。情報が主に開発の約束に偏っている状況では、現場に足を運び、事実を確認し、住民の声に耳を傾けることが、より一層重要になる。その精神といえば、社会問題や人権問題に関する執筆活動で知られるジャーナリスト、ファム・ドアン・チャン氏を思い出す人も多いだろう。なぜなら、近代的な都市は新しい大通りだけで測られるのではなく、難しい問いに立ち向かう能力によっても測られるからだ。都市計画は未来を描き出すことができるが、ジャーナリズムは、一般市民がその美しい枠の外にあるものまで見通せるよう手助けしなければならない。










